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【これまでの半生】

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はじめまして。総合格闘家の佐々木 信治です。
自己紹介文では書ききれなかった事を数回に分けてお話ししたいと思います。

先ずは総合格闘技に出逢い、プロの格闘家へなるまで。

小学生の時の私は、深夜のプロレス番組を観るのがとても楽しみでした。
インスタントラーメンをすすりながらいつもブラウン管に食い入ってたのを思い出します。

中学になり、柔道部や空手部などに入るわけでも無く、真面目に部活動をするわけでも無く、友達とつるんでは遊んでいました。
簡単に言うと道を外れた感じですかね。

高校も一応進学はするものの数ヶ月で退学に。
翌年別の高校を受験し、入学したものの、歳下の中での生活が嫌であまり学校へ行かずに留年し、高校を辞めてしまいます。
高校を辞めた当時の私には、建設業で働くしか選択肢がありませんでした。
朝早く夜遅い仕事は、辛いながらも頑張ってましたが、長続きせずに職を転々としていました。

無職で夜の街を友人とブラブラと徘徊していた時期もありました。

小学生の頃からプロレスなど強い男に憧れを抱いていた少年は、中学高校と流されながら生きて行き、明確な夢や目標も持てずに只々毎日をダラダラと生きていたように思います。
ただ、「強い男への憧れ」その想いはずっと変わらず心の中にあったのです。

16〜7歳の頃でした。
ちょうどその時期に、PRIDEという総合格闘技が世の中に出て来ました。
それを初めて観た時は衝撃を受けたのを今でも覚えています。

「なんでもあり」

まさに本当に強い奴が勝ち残る舞台でした。
だけど広島の片田舎に住んでいた私には、ただ憧れながら観ているだけしか出来ずに初めてPRIDEを観た時から数年が経ちました。

日本人は小さく、結局は外人選手に負けるんだからこういう競技は日本人には無理なんだよな〜って思ってました。
しかし、「桜庭和志」選手が当時最強一族と呼ばれていたグレイシー一族を次々と倒していったのをリアルタイムで観てた私は、
「すげぇ!カッコイイ!日本人でもやれるんだ!!」
と、強く感銘を受けて格闘技の世界に入る事を決意しました。

しかし、地元には総合格闘技なんて全く浸透してないし、勿論ジムなんて無く、私はひたすら筋トレだけしてました(笑
建築業でも長く勤めてたので、結構仕事もできるようになってた頃です。
地元に柔術の同好会みたいなのがある事を知り、直ぐに習いに行きました。
23歳の秋でした。
先生が居る訳でも無く、数人がテクニック本などを持ち寄って、あーだこーだ言いながら中学校の柔道場を借りてやるだけの集まりでしたが、全てが新鮮でした。

そして全くの素人から始めて1ヶ月後、周りにそそのかされ世間知らずな私は、アマチュア大会に参戦することになりました。
まだまだ気分は喧嘩の延長戦でした。
負ける訳なんか無いと思って挑んだアマチュアデビュー戦は、ただただ腕を振り回すだけの殴り合いの末判定負けでした。

素人が週に1〜2回の練習で、1ヶ月で試合に出るとか今考えたら無謀でしか無いような挑戦でしたが、この負けで格闘技の厳しさを知った私は更にこの世界にのめり込みました。

更に真剣に練習に取り組むようになりましたが、週に1〜2回の練習回数は場所の関係上変わらず、柔道場が使えない日は、本などで自分で研究したりトレーニングしたりと出来る事を頑張ってました。

努力の甲斐もあり、アマチュアデビュー戦後は連戦連勝で翌年の全日本アマチュア修斗選手権大会で遂にプロ昇格を果たすこととなりました。

プロデビュー編へ続く〜

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